TOP > CATEGORY > 人間関係
TOP | NEXT

リストマーク 気付きのプロセス 

2008年05月15日 ()

みなさん、こんにちは。NANAKOです。

今日は気付きのプロセスというお話です。


自分の感情や感覚を感じるということは、

自己の中にあるエネルギーを感じることであり、

スピリチュアル能力を高めたい人にとっては特に重要です。


自己内観はグラウンディングを強めることに繋がります。


今日は例を挙げてお話をしようと思います。


あなたの周囲にイライラさせる友人がいたとします。


あなた   「彼女ったらね、いつもものの言い方が偉そうなのよね。」

別の友人 「そうかな?私はそうは思わないけど。」


ここであなたは、自分がネガティブなものの捕らえ方をしていたと気付きました。


そして、あなたはこのように思い直しました。


「彼女は偉そうな言い方をするけど、世話好きでいい人だしね。」

と、自分のネガティブな感情を打ち消し

彼女のポジティブな性格の部分を見つめようとしたのです。


こういったパターンの人は多いのではないでしょうか。


他人のネガティブな部分よりも、ポジティブな部分に目を向ける

ということはとても大切なことです。


しかし、それだけでは本当の気付きは起こりません。


自分のネガティブな感情を打ち消したままにしておくと、

それは感情の抑圧になってしまうのです。


大切なのは、あなたがなぜ彼女の

偉そうな態度にイライラするのかということです。


そして、もっと重要なことは、別の友人はイライラしていないにもかかわらず

自分だけがイライラしてしまっているということです。


他人に対してネガティブな感情を感じるのは、

その人自身のトラウマやコンプレックスやネガティブな部分を

投影しているからだと言われています。


「自分勝手な人には何が何でも我慢ならない」という人は

自分を抑制しすぎて他人に合わせる傾向があり、

良い意味で自分勝手に自由にふるまうことができないという

人が多いように感じます。


「あの人は金儲け主義だからイヤだ」と、お金を稼ぐということに

一生懸命になっている人に必要以上の不快感を感じる人は、

その人自身に何らかのお金に関するブロックや執着があります。


では、「ものの言い方が偉そうだからイライラする」

という背景にはどのような感情があるのでしょうか?


実は本音は、「私はこんなに謙虚にふるまっているのに」

「私はこんなにおとなしくしているのに」といったような感情があるのです。


つまりその人は本当は謙虚なのではなく、

謙虚なフリをしているだけなので、

偉そうに見える人に腹が立つのです。


本当に謙虚な人というのは、偉そうな人を見ても何とも思いません。


つまり「偉そうな人を見てイライラするということは、

自分にもそういう部分が少なからずあったのだ」

というネガティブな感情に気付き、それを素直に認め

解放できた時、はじめて本当の気付きが起こるのです。


それができた時、彼女に対しての感じ方は変わることでしょう。


「彼女はコンプレックスが強いから、自分を偉そうに見せて

強がってしまっているだけなのかもしれない」とか

「彼女のものの言い方は、ただの仕事上のくせなのかもしれない」

など、以前のように無理やり彼女のポジティブな部分を見るのではなく、

ニュートラルに物事をとらえることができると思います。


これはあくまで例なので、すべてにあてはまるとは限りません。

同じ事柄でも、ある特定の人に対してはイライラするのに

別の人に対してはそう思わないということもあるでしょう。


大切なのは、無理やりポジティブな部分ばかりとらえすぎてしまうのも、

物事の本質を理解できなくなってしまうということです。


自分の傷を認識すればするほど、他人の傷を見つめることができ

慈愛を向けることができるようになります。


そして、それが器を大きくすることに繫がっていきます。


あなたのポジティブな意味づけが、何かを見逃していることはありませんか?



↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m

[2008.05.15(Thu) 20:50] 人間関係
↑TOPへ


リストマーク スピリチュアルと人間関係 

2008年04月22日 ()

みなさん、こんにちは。NANAKOです。

今日はスピリチュアルと人間関係というお話です。


人は人間関係の中で様々な気付きを得て、成長していきます。


自分以外の他者がいなければ、自分を認識することはできません。


また他の誰かが自分のトラウマのスイッチを押してしまったことで生じる

ネガティブな感情も、他者がいなければ感じることはありません。


私たちは、他者にもたれたり、もたれられたりしながら人間関係を築いていきます。

私たちが最も初めに経験する、依存の関係によって成り立つ人間関係です。


この段階では、相手に自分の価値観を押し付けてしまったり、

自分の思うとおりに相手をコントロールしようとしてしまいがちです。

自分の都合の良いように相手を動かそうとしてしまうのです。

コントロールは依存の一種だと言われています。


また、相手に頼りきってしまって精神的な依存がひどくなったり、

逆に、依存されることに喜びを感じ、他者の悩みまで

自分が背負い込もうとしてしまうこともあります。


この段階では、自分は自分、相手は相手といい意味で

割り切ることができません。過干渉気味になってしまうのです。


そして、最近多いのは、利害関係のみの人間関係です。

仕事や利益に繫がる人としか交流しようとしなかったり、

打算的な人間関係は増えていると感じます。

またあたりさわりのない、表面上の人間関係も多いのではないでしょうか。

現代において、ますますコミュニケーションが希薄になっているようです。


依存の段階の次に起こるのが自立の段階です。


人間関係の中でネガティブな経験を繰り返すと、それがトラウマとなり、

自分の痛みとなるものから切り離そうとすることがあります。


人間関係の問題を解決しようとするのではなく、問題そのものや

問題に関わっている他者から自分を切り離してしまうのです。


また過去の人間関係によるトラウマから、感情を抑圧してしまい、

本音を言えなくなってしまうこともしばしばあります。


過去に経験した人間関係による痛みが原因で、

人と繫がることや本音を言うことに恐れを抱いてしまうのです。


多くの人が依存、自立を何度も繰り返しながら、

人間関係に何かしらの悩みを持って生きていきます。


スピリチュアルをある程度学んでいくと、

他者と自分の切り離しが増えることがあります。


一つの要因としては、霊的エゴが入ってしまうことです。

霊的な勉強をするうちに、自分と他者は異なり、

自分は特別な存在だと感じるようになってしまうことがあります。


また、正義感が過剰になり、自己中心的な傾向が現れ、

周囲の人の言葉を耳にしない傾向がでることもあります。


これは智火とも言い、カリスマ性をおびたエネルギーが

コントロールできず、自分のペースに他人を

巻き込む傾向が強くなり、暴走しはじめるのです。


この状態になると、霊格や波動の高さによって

他者を見下してしまったりすることがあります。


どれだけ霊格が高まったとしても、瞑想などで、

常に自分を見つめることが重要だと思います。


「悟り」というものを、どこか別の世界に行くことや

霊的能力を高めることだと勘違いしている人も多いようです。


しかし、「悟り」とは、大変世俗的なものなのです。


修行者は、一時は世俗から切り離し修行をしていきます。


霊的に高まっていくと、「自分は一人で生きているのではない」

「すべては繫がっている」ということが、心から実感できるようになり、

奉仕精神が目覚めるとともに、人との繋がりを以前より

大事にしようとするようになります。


自分が得た霊的な気付きを今度は奉仕や労働という形で

この地球上に還元し、世俗の中で学び続けることこそ

悟りには重要なことなのです。


そして、世俗で生きていく上で切り離すことのできない

コミュニケーションは、自分を見つめるためにも

グラウンディングを強めるためにも重要です。


イエス=キリストは、他者に分け隔てなく接し、見下すこともなく、

弟子の足まで洗ったと言われています。


「すべては一体である」というワンネスの意識を本当に持っていたからこそ、

イエスはこの愛ある行為ができたのだと思います。


霊格が高まると、依存の関係や、切り離しによる自立を超越し、

コミュニケーションの新たな段階がおとずれます。


あなたのコミュニケーションは、恐れによるコミュニケーションでしょうか?

それとも、愛によるコミュニケーションでしょうか?



↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m


[2008.04.22(Tue) 21:07] 人間関係
↑TOPへ


リストマーク パートナーシップ 

2008年03月31日 ()

みなさん、こんにちは。NANAKOです。

今日はパートナーシップというお話です。


セッションでは、人間関係についてのご相談を皆さんからいただきます。

知人との関係、パートナーとの関係、上司との関係…。


私たちが生きている限り、人間関係の悩みはつきものなのかもしれません。


人間関係のご相談で最も多いのが、パートナー(恋人、配偶者)に関することです。


「自分がどれだけ努力してもパートナーが変わらない」

「疲れすぎて、関係を深める努力もやめてしまった」

「パートナーと一緒にいたいのかそうでないのかわからない」

など、その悩みは様々です。


「別れたほうがよいか」というご相談もよくいただきますが、

パートナーとの関係を続けるかどうかというのは、

それがカルマであってもそうでなくても、個人の選択になります。


その時出会わされたパートナーとは、お互いに克服すべき共通の課題を持っています。

それがカルマによる縁であってもツインソウルであってもです。


そしてツインソウルであっても、その関係の中で越えなければ

ならない試練や課題というものがあり、カルマがあります。


多くの方が「カルマの縁なら別れようと考えているので

彼との前世をリーディングしてもらえますか?」とセッションで尋ねられます。


しかし、カルマの縁だから別れるという選択をしても、

その関係で克服できなかった課題というのは、

次に出会ったパートナーがツインソウルだったとしても

また同じような課題が課せられることが多いのです。


過去の関係で癒されなかったトラウマが、

次のパートナーとの間にあらわれてしまうのです。


パートナーに関する悩みは、その根本原因を見てみると、

そのほとんどがコミュニケーションの問題が原因になっていると感じます。


コミュニケーションが不足していたり、

コミュニケーションのとり方が問題になって起こっています。


男性は「男として女に自分の弱さは見せられない」といった気持ちから、

感情を自らシェアすることは少なくなる傾向にあります。


女性は「自分が努力すれば相手は変わるに違いない」と思い、

努力し続けて犠牲になってしまう傾向があります。


ここでの大きな問題は、お互いが自分の心の奥底にある

ネガティブな感情を見ることを恐れていて、

さらにそれをお互いがシェアしないので、

感情的なすれ違いが起こってしまうということです。


感情的なすれ違いが起こると、お互いが見ている方向が

気付かないうちに異なってきます。


そのためお互いがパートナーのためにどれだけ努力をしても、

互いのベクトルが違う方向に向いてしまっているので、

からまわりのようになってしまうのです。


そこで大切なのは、互いの本音を話し合うというコミュニケーションです。


「本音を話し合う」のは「不満をぶつける」のとは似て異なります。


相手の悪いことを言うのではなく、自らが現在感じている感情をお互いが伝えるのです。


どちらか一方が、相手に不満やネガティブな感情を持っている時、

相手も同じ不満やネガティブな感情を持っています。


どちらかが「自分のことを考えてくれていない」と不満に思っているとすると、

実は、相手も同じように思っていることが多いのです。


コミュニケーションを意識的にとろうとしなければ、

お互いの不満は増大し、心のすれ違いはますます大きくなることでしょう。


しかし、コミュニケーションによって感情をシェアすることができた時、

「繋がり」が生まれ、お互いが癒されます。


そして、そこでさらに二人が共通の目的意識を持てた時、

パートナーシップの新たな段階が訪れます。


パートナーとの競争意識、ネガティブな感情を切り離すための

過剰な自立がなくなり、二人ともが前に進めるようになるのです。


さて、あなたはパートナーと本音のコミュニケーションをとっていますか?




↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m



[2008.03.31(Mon) 23:55] 人間関係
↑TOPへ


リストマーク 恋愛の悩み 

2008年02月23日 ()

みなさん、こんにちは。NANAKOです。

今日は恋愛の悩みというお話です。


スピリチュアルリーディングの相談で多いのは恋愛相談なのですが、

相談された時におすすめしている本は、

「傷つくならばそれは愛ではない」という本です。


これは心理学者が書いた本なのですが、

これは自分の気持ちがエゴによるものなのか

愛によるものなのかを知りたい時にも役立つ本です。


多くの人が、自分のパートナーを自分の望みを満たすためにいると

思っていたり、自分の理想の枠の中にはめ込もうとします。


男性はどうでしょうか?

女性を自分の手の内におさめておきたいと思っていますか?

自分の妻になる女性は自分を支えるものだと思っていますか?


女性はどうでしょうか?

社会的な何かで男性の価値を計っていますか?

金銭面での援助をしてくれて当然だと思っていますか?


多くの人は自分の心の中に欠けている部分を持っていて

その欠けた部分をパートナーで満たそうとします。


しかし、自分の欠けた部分というのは、

パートナーがどんなことをしてくれたとしても、

外側のものでは決して満たされることはないのです。


自分の欠けた部分を埋めていくと、

自分の外側の何かで価値をはかろうとするくせはなくなっていきます。


物質社会での喜びと、魂の求める高次な喜びとは違うものです。


自分の内側の欠けた部分を埋めていくと

自分を愛する気持ちが深まり

そしてその分パートナーにも愛情を与えることができます。


自分を愛することとナルシシズムは少し違うようです。


自己愛が過剰になると、自分さえよければいいと思ったり、

自分がかわいいなどのナルシシズムになることが多いと言いますが、

ナルシシズムの人は、深いところで自分を愛せてはいないように思います。


本当に自己愛が満たされている人とは、

自分の欠けた部分が満たされているからこそ、

自分と同じように他者のことも考えることができ

与えることができるのだと思います。


高い次元でのツインソウルと出会いたいと望む人は

自分が高い次元に向かうように意識を変容させることが

何より大切なことですね。


スピリチュアルの仕事をしている人は、

お客様に愛を与えようと頑張っている人が多いように思います。


もちろんそれも大事なことだと思いますが、

まずは自分自身との関係、パートナーとの関係

友人との関係、家族との関係などを見直してみることが

最も大事なことなのではないでしょうか。


自分の身の回りがうまくいくことで、

お客様にもより多くの愛を与えていくことができると思います。


ぜひ参考にしてみて下さいね☆




↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m

[2008.02.23(Sat) 22:55] 人間関係
↑TOPへ


リストマーク コミュニケーションのタイプ 

2007年12月18日 ()
みなさん、こんにちはNANAKOです

今日はコミュニケーションのタイプというお話です。


多くの人が何らかのコミュニケーションの悩みを抱えています。


コミュニケーションのタイプには人によって様々なものがありますが、

大きく分けると2パターンに分けることができます。


一つは「言いたくても言えないタイプ」と、もう一つは「言い過ぎてしまうタイプ」です。


言いたくても言えないタイプの人は、

言葉を話すことや、自分の言語表現に強い恐れを持っています。


このタイプの人は、第5チャクラがブロックされて

小さくなっている場合が多く、やさしい人に多い傾向があります。


自分の主張をしてしまうと、人間関係でトラブルが起こってしまうのではないかと感じています。


そのため、「いい人」の仮面をつけてしまいがちです。


「相手に譲っている」のではなく「譲ってあげている」としばしば感じています。


相手が間違っていたり、自分が迷惑だと感じるようなことでも

トラブルになるかもしれないという恐れからうまく表現ができないのです。


しかし、結果として、その行動はもっと大きなトラブルを引き寄せてしまいます。


最終的にははっきり言わないといけないような事態を

その人の持つ恐れが引き寄せてしまうのです。


例えば、どんどん人に依存されてしまう、

攻撃的な人から自分が攻撃を受けてしまう、

ストーカーを引き寄せてしまうなどが挙げられます。


実は、これらの問題は、その人が自分の気持ちを主張することへの

恐れという観念が引き寄せた結果でもあるのです。


しかし、本人は「私は何も悪いことをしていないのになぜ?」と思ってしまいます。

本人は自己主張をせず「いい人」でいたつもりなのに、

そのようなトラブルが起こることを不本意に感じてしまうのです。


このタイプの人は、まず自分が「いい人」を演じようとしていたことに

気づかなければなりません。そして、相手との境界線をひくために主張が必要であること、

そして愛情とは誰かの犠牲になることではないことを理解しなければなりません。


人とコミュニケーションをとることをめんどくさがっている人も

「言いたくても言えないタイプ」に属します。


コミュニケーションというものに無意味感を感じており、

コミュニケーションに関するトラウマが深い場合が多いです。


このような人も、コミュニケーションとは傷つくものではなく、

心をオープンにしたもの同士のコミュニケーションは

癒しを生み出すということに気づく必要があります。


一方、言い過ぎてしまうタイプの人は、自己の言語表現よりも

自己の創造的な表現に対して恐れを持っています。

相手に強く主張することで相手を制しようとし、時にコントロールしようとします。


このタイプの人は、常に誰かと戦い競争している人です。


その相手は、友人かもしれませんし、パートナーかもしれませんし、

あるいは自分自身かもしれません。


競争とは自分のコンプレックスの埋め合わせから生じます。

誰かに勝つことで優越感を感じ、その人の中にある欠乏感を埋め合わせようとするのです。


正義感があり、白黒をはっきりさせようとするのですが、

実は自分が正しいということを認めさせたいという表れでもあったりするのです。


「相手に教えている」のではなく「教えてあげている」としばしば感じています。


「言い過ぎてしまう人」は、第5チャクラがブロックされたまま大きく

なっている人が多く、頭の回転が早い人に多い傾向があります。


このタイプの人は、頭で考えることを少なくし、

創造的な表現をなるべく実践する必要があります。


ハートで感じる創造的な表現がうまくできずに、

言語による主張ばかりが増えてしまっているのです。


やらなければならないことを中心にするのではなく、

ワクワクすることを実践することを自分に許すことで

他人にも寛容になることができます。


そして、愛情とは見守ることも必要であるということを学ばなければなりません。


ワークショップやセッションなどでお客様の悩みを聞いていて、

このどちらかに分かれる場合が非常に多いと感じました。


どちらかの割合が多く、どちらかの割合が少ないという場合もあると思います。


皆さんはどちらのタイプでしょうか?



↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m


[2007.12.18(Tue) 19:26] 人間関係
↑TOPへ


TOP | NEXT