スクール−第6チャクラ、第7チャクラ−
みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日はスクール−第6チャクラ、第7チャクラ−というお話です。
先日はスクールでした。
レッスンはいつもシェアリングからはじめるのですが、
今回のシェアリングでは、
「はじめの頃にくらべて考え方がポジティブになった」
と皆さんおっしゃっていました。
人間は、ネガティブな過去の出来事を思い出すと、
その当時の感情を思い出してネガティブになったりします。
スクールのレッスンがある程度進むと、
「過去の出来事の、ネガティブな感情を思い出そうとしても思い出せない」
と多くの生徒さんが言われます。
これが「手放した」という状態になります。
「手放した状態」と「抑圧した状態」というのは全く違うものですが、
どちらも過去のことを忘れ納得したような感覚になるので、
普通は違いがわからないことが多いです。
人間は辛いことや悲しいことというのは、
思い出したくないために忘れようとするのですが、
ほとんどの場合それは抑圧になってしまい、
顕在意識で無理に納得させている状態になってしまいます。
こういった場合、脳波をアルファ波状態にして誘導をかけてみると、
必ず過去の抑圧されたものなどがでてきます。
クリスタルヒーリングセッションなどで
「自分が過去のネガティブな感情をいかに抑圧していたのか」
ということにはじめて気付く方は多いです。
「手放した」ということは、「とらわれの心」がなくなり、
その出来事に対しての意味づけもなくなるので、
「何も感じない」という状態になります。
「私はポジティブだからネガティブにはなりません」とか
「私は女性らしさにはこだわっていません」などと
頻繁に口にする人は、実はそこにブロックがある場合が多いと感じます。
本人にブロックがあるからこそ、あえてそのことを頻繁に口にし、
顕在意識で納得させようとするのです。
「とらわれの心がない」というのと「意識をしていない」
というのは全くの別のものだと思います。
「私は物質にとらわれる心がないから、
服装は安価で、色も地味なものが多いんです。」
という人は、一見とらわれていないように見えます。
しかし、そういった人は
「とらわれの心がない人は、服装は安価で地味でなければならない」
という思い込みにとらわれているか、
色というものに意識がむいていないかのどちらかです。
とらわれの心がないというのは、何かに対しての意味づけや、
そこにこだわる気持ちがない状態のことを言います。
ちなみに悪霊が憑依した状態になると頭がぼーっとなり
「すべてがどうでもいい」といったような状態になることがあります。
これは「とらわれの心がない」のではなく、
チャクラがつまって「そこに意識を向けられない」という状態です。
こういう状態になると、
「自分にはこだわりの心がないから適当でいいや」という間違った思い込みから、
時間管理ができなくなったり、マナーが悪くなってしまったり、
人の気持ちを察することができなくなったり、
社会で常識とされていることができなくなったりします。
今回のレッスンは、第6チャクラ、第7チャクラに関連して脳のお話を少ししました。
今回も前世リーディングをしたら、魂が前世を思い出して涙する人もいましたね。
また意識による物体浄化の実験は、
セージ以上にストーンブレスが浄化できた様子が
肉眼でわかっておもしろかったですね。
今回もとても充実したレッスンでした!

↑いつもありがとうございます!
応援クリックお願いしますm(__)m




