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みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日は【チャネリング】マイトレーヤからのメッセージです。
【マイトレーヤからのメッセージ】
人間の運命は自由意志にゆだねられます。
あなたがたは常に選択肢を与えられています。
自分の意志の力で運命を切り開いていくか、
それとも、他者の意思の力に左右されながら
運命をコントロールされるのかということです。
自由意志というと、とても肯定的で
楽観的な響きに聞こえるかもしれません。
しかし、自由には責任がともない、
大きなリスクを背負わなければならないのです。
運命を自らの力で切り開くことができるのは、
リスクを背負うことを恐れず、
目の前にある物事に真正面から
立ち向かう勇気がある者のみができることです。
自由意志が与えられているからこそ、
すべては自己責任がともなうのです。
それはどんな不幸に思えることに遭遇したとしても、
それがどんな深刻なカルマであったとしても、
あなたがたが何かを選択した結果、
それが引き寄せられたのだという
事実を受け入れてください。
目の前にある物事に真正面から
向き合うというのはこのようなことです。
何かにコントロールされているという
犠牲者になるのではなく、
自らが責任を持って創造者になることを
選択することによって、
はじめて良いものを引き寄せる力が増し、
人生の勝利者へと近づくのです。
すると、天体の動きや、外部の気の影響や
カルマの影響に左右されにくくなるでしょう。
真の自由は、強さの現われであることを忘れてはなりません。
人間が強い意志を持って選択し続けた結果、
真の自由が得られるのです。
私がセッションの時、必ず質問することがあります。
「このセッションを通してどのように変化したいですか?」ということです。
これを用紙に記入していただくことにしています。
この質問には、様々な答えがあるのですが、
人によっては白紙の人もいます。
なぜ私がこの質問を重視しているのかというと、
人間は、自分がイメージした自分にしかなれないからです。
多くの人が変容したいと言われるのですが、
「ではどのように?」と尋ねた時に、
それについて具体的に説明できる方は
それほど多くはありません。
人間の運命は自由意志によって決定します。
そのため、自分がどうしたいのかを具体的に考えることによって、
自己の意志の力が上がり、運気も上がるのです。
ここで聞く「どうなりたいか」というのは、物質的な目標ではありません。
精神面、霊性面で、どのように高め、
どのような自分になりたいかということです。
人生は、誰かが決めてくれたレールの上を
歩いていく方がはるかに楽です。
しかし、その人生は、創造とはかけはなれた
ものになり退屈を感じることでしょう。
もし、自分で運命を切り開いて創造し、
自由を手に入れたい思うのであれば、
様々な恐れ、悲しみ、怒り、そして
自分のふがいなさに直面せざるを得なくなることでしょう。
けれど、私は、自由とは、
自分の中のそういったものと向き合い、
乗り越えた者だけが得られる
ごほうびなのではないかと思うのです。
そして、そこに魂の喜びがあるのではないかと思うのです。
さて、皆さんはどちらの人生を選択しますか?

[2008.09.16(
Tue) 23:46]
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みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日は【チャネリング】ジュワルクールからのメッセージです。
【ジュワルクールからのメッセージ】
ライトワーカーとは、いかなるものであるのかよく考えてみてください。
ライトワーカーの意味、意義、そして、あなたがたが
なぜそれを魂の目的として選択したかということです。
ブラックは魂の目的を忘れさせ、使命から離れさせようとします。
地球の進化をサポートするのがホワイトなら
それを妨げるのがブラックなのです。
すべての人間が魂の目的を生きるということは、
地球がそれだけ進化するということを意味するのです。
ブラックたちは、人々が魂も目的を生きることことから
目をそらすために、様々なものをしかけます。
恋愛での欲望、トラブル、ゲーム、
ビジネスでの欲望、執着、そして競争。
こういったものにとらわれている間は、エネルギーが奪われ、
その人の本来の魂の目的を生きることができなくなるのです。
ブラックの罠にかからないようにすることです。
常に世俗的な何かに喜びを見出そうとしていないかを観察することです。
恋愛ゲーム、競争、奪い合いなど、世俗的なまやかしのゲームを
楽しんでいる人は山のようにいるのです。
そのまやかしをまやかしだと認識し、脱出することです。
そこにとどまるか、先に進むかはあなたがたの選択であり
自由意志にゆだねられます。
あなたがたがまやかしの中にいる時、
まやかしの光を送り続けることになります。
それはライトワーカーと言えるでしょうか。
自らのあり方を示せる人間、
これがライトワーカーであり、光を広げていけるものなのです。
先日、スクールのアドバンスコースが終了しました。
長いようでとても短いレッスンでした。
このメンバーは、皆さんアトランティスからの繫がりで集まった方たちで、
クリスタルの話や、アトランティスの話が多くなりました。
本当に楽しいレッスンでした!
物事をニュートラルにとらえるために、
私はポジティブなものもネガティブなものも
見ていく必要があると思っています。
ですので、守護霊、天使、ホワイトブラザーフッドだけでなく、
悪霊、ダーク系、ブラックブラザーフッドなどの
お話もさせていただきました。
このレッスンで皆さんが感じた大きな気付きは、
「すべては私たちの意識が引き寄せている」
ということだったのではないかと思います。
レッスンとレッスンの間に、どこかでダークなエネルギーを
もらってしまって、憑依された方もいらっしゃいました。
その時には除霊やダーク除去をさせていただいたのですが、
私は皆さんにこう言いました。
「実は、ダークなものは自分の傷や影にリンクしてやってきます。
憑依は誰にでもあることなので、それがだめだとは思わないで下さい。
一体そういうものを引き寄せていた原因は何か、
自分の中にある何がそういうものを引き寄せたのか
ということを考えてみて下さい。
自分が気付けばダークなものは離れていきます。」
すると皆さん、自宅で自分なりに自己内観してワークをされ、
最後の方にはすっきりとした軽いエネルギーになっていました。
ブラックは、その人間の傷に入り込んでくるということや、
ブラックによる偽者のシンクロがあるということは、
アトランティス人のトートによって書かれた、
エメラルドタブレットにも載っています。
今回スクールをやってみておもしろいことがわかりました。
以前ブログの記事でも書いたのですが、
いくつかのサイトのリーディングをレッスンで行いました。
高波動でエネルギーが良いと感じた順番は皆さん同じでした。
しかし、憑依されると、そのセンサーは鈍ります。
動物霊が憑依してしまうと、動物霊が憑依した人のサイトを
高波動でエネルギーが良いと判断してしまうのです。
いつもレッスン生の皆さんは、本質のついた
とても良い質問をしてくださるのですが、
心理学やコーチングを勉強されているから
なのではないかと思いました。
レッスン中に、生徒さんがこんなコメントを下さいました。
「何でも楽しいことが一番大事ですよね。
でも、自分の傷を見ないで白だけしか見ようとしないのって
何か違うと思うんですよ。だって、傷にふたをして隠したって
傷は傷だから癒されるわけではないですよね。
いくら楽しいことだけしてもダークが来る時はきますね。
ダークのこと知らないでやってるライトワーカーはまるで
幼い子供が、周りに恐いおじさんや危ない道があるにもかかわらず
「楽しい」と言って、危険な場所に飛び出していくような感じに思えます。
無知ほど恐ろしいものはありません。」
とてもわかりやすいコメントだと思いました。
楽しいことが一番だと思います。
しかし、楽しいにも「高い次元の楽しい」と「低い次元の楽しい」があると思います。
傷が癒され、変容した魂が感じる楽しさは、
高次元なものへと繋がります。
このレッスンは、私にとっても本当にたくさんの気付きがありました。
今回アドバンスコースに来ていただいた皆さんは、
向上心が高く、自分でも様々な努力をしようとする方たちばかりでした。
レッスン最終日にはお食事会のお話をしていたのですが、
「食事会だけでなく、勉強会をお願いします!」という
皆さんの言葉がとてもうれしく思いました。
皆さん本当に素直で、毎回のご自宅での努力は、
オーラにはっきりとあらわれていました。
アドバンスコースに来ていただいた皆さんには心より感謝しています。
皆さんとのレッスンを通して、私自身も様々な気付きを得ることができました。
本当にありがとうございました!
「自分自身の地下世界は避けて通ることはできない。
高次の霊的神秘を見出そうとする前に、自分自身の
無意識という地下墓所に降りていかねばならない。
人であるあなたのなすべきことは、この次元における体験の
全レベルを統合し、癒すことなのだ。」
ハトホルの書 P208

[2008.09.08(
Mon) 20:59]
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みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日は【チャネリング】レディナダからのメッセージです。
【レディナダからのメッセージ】
愛と恐れは同居しません。
しかし、迷いと恐れは同居するものです。
迷いは恐れの反映です。
愛は恐れを癒し溶かすものです。
だから愛と恐れは同居することができないのです。
多くの人が愛することへの恐れを持っています。
愛することによって拒否されることを恐れています。
本当は誰もが愛されたいのであり、
それは恐れからやってくる感情なのです。
そのため愛されている証拠を求めます。
繋がりを求めます。
しかし、真に高次のレベルで愛する時、
そこには「愛されたい」という欠乏感によって
感じる欲望は存在しません。
愛される喜びを感じているもののほとんどが、
他者によって孤独感を満たしてくれているという
感覚による、優越感の錯覚なのです。
愛することは、辛く、切なく、そして、
繊細で、はかないものだと思われています。
しかし、真の愛はもろく壊れやすいものではなく、
強さに満ち溢れているものなのです。
愛と強さが同居した時、
内なる神聖さが見え、あなたの中に
真実の愛を発見することでしょう。
以前、私はある本でこのようなことを読んだことがあります。
題名など詳しいことは忘れてしまったのですが、
それは、過去に鬱病になった男性が書いた本でした。
その男性は鬱病になったことがきっかけで、
精神科医のところへ通っていたそうです。
その精神科の先生はとても優しい男性で、
愛情に満ち溢れている人だったそうです。
彼はその熱心な指導のおかけで、
鬱病の症状はみるみるうちに改善していきました。
しかし、もうすぐ治りそうだという時に、突然事件が起ります。
それはカウンセリング中のことでした。
精神科の先生が、その男性に突然怒り出したのです。
「君はなんてだらしない人間なんだ!
そんなことでいつまでもうじうじとして!
私には大勢の患者がいるし忙しいんだ。
もう君みたいな人には付き合ってられないんだよ!」
彼は優しくて信頼していた先生の言葉に
大きなショックを受け、その場から走りさってしまいます。
そして、その精神科へは、もう行かなくなってしまいました。
数年後、彼はすっかり鬱を克服し、
日常の生活を送れるようになっていました。
彼はその時に思い出しました。
「あの時の精神科の先生どうしているかな…。
最後はあんなふうになってしまったけど、
ずいぶん迷惑をかけたよな。申し訳なかった。」
そんな風に思い、その精神科の先生に感謝するようになりました。
ある日、その男性が本屋に行くと、
一冊の本が目に飛び込んできました。
なんと、あの精神科の先生が書いた本ではありませんか!
彼はなつかしくなり、その本を手に取り読み出しました。
彼はこの本を読んで、真実を知ることになります。
「多くの患者が精神科に依存的になる中で、
最後は患者自らで立ち直らなければならないのです。
だから私は、患者が二度とこの精神科にくることがないように、
よくなった患者に対しては、あえて辛い言葉を投げかけることもあるのです。」
彼は、この本を読み、あの昔の言葉は、自分が
自立するためにあえて言ってくれたのだとわかりました。
彼の目からは涙が止まらず、そして、
先生への感謝の気持ちであふれんばかりでした。
この本の内容を読んで皆さんはどう思うでしょうか?
愛情とは、与えるだけの生易しいものではないと思います。
愛情とは、
「本人が自分の力で立っていけるようにサポートすること」
なのではないかと思います。
心の問題は、最後は自分でしか自分を救うことはできないのだと思います。
ライトワーカーたちは、お客様をいたずらに褒めようとします。
「あなたすごいですね。あなたもチャネラーになれますよ。」
こういって、お客様から嫌われないように、
良いことしか言わないライトワーカーは大勢います。
ライトワーカーには、常に、
「お客様に嫌われる恐れ」
「お客様が来なくなる恐れ」
を持っているのです。
恐れに基づく発言は、果たして愛情でしょうか?
もしそのお客様が、言葉遣いが悪かったり、マナーが悪かったり、
一般的なことを認識するスキルに欠けていたとしたら、
チャネラーになった時に恥をかくのはそのお客様です。
人間の弱い部分につけこんで、
「そのセッションがないとだめになる」
「そのワークショップがないとだめになる」
と思わせるのは、コントロールであり、
宗教に多い傾向です。
愛情とは一体何でしょうか?
様々な人と接する中で、私は考えることはまだまだあります。
私はこの本を読んだ時は、まだヒーラーになる前でした。
私はその時思ったのです。
「絶対にお客様を依存させないようにしよう。
自分も依存からは脱却して自立しよう。
お客様が自らの足で立って歩んでいけるような、
あの精神科医のようなセッションがしたい」と。
皆さんにとっての愛情とは一体何でしょうか?

[2008.08.29(
Fri) 21:26]
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みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日は【チャネリング】ヨガナンダからのメッセージです。
【ヨガナンダからのメッセージ】
「この先ずっと幸福でいられる自信はありますか?」
もし私がこのように尋ねたら、すぐに
「はい」と答えられるものは少ないでしょう。
しかし、神と繫がった人間にこの質問をすると、
彼らはこのように言います。
「はい。神とともにいるので、私は永遠に幸せです。」と。
神とともにあるということがどういうことなのか
それについてよく熟考して下さい。
瞑想をしない者は、こう思っています。
「瞑想などして何になるのか?
神など信じてどうなるのか?」
このように神を愚弄しているのです。
彼らは、神を信じるどころか、神に対抗し、
全てを自分の力で何とかしようとします。
しかし、彼らはいつまでたっても幸福にはなれません。
そして、お金のためにあくせく仕事をし、
そんな毎日を嘆きながら神は無慈悲だと叫び、
自分は不幸な人間だと思い込み、
ますますマーヤーの罠へとはまっていくのです。
人間をおつくりになったのは神なのですから、
その神に対抗して勝ろうとは無駄なことなのです。
精神世界に対してのとらえ方が、大きくずれてきています。
精神世界は、「自己の内に神を見つける」と
いうことが本来のあり方であるにもかかわらず、
他者に霊的な力を誇示することだと多くの人に思われています。
自己の内なる神と繫がるということは、
自己の人生の勝利者になり、
そして、完全に自己の人生の創造主に
なるということなのです。
人間は二元性の苦しみの中で生きています。
そして、外的な環境によって感情が左右されます。
今日幸せだと思っていたら、
明日は突然鬱状態になってしまいます。
こういった感情の起伏と波の中で
人間は苦しみながら生きていくのです。
しかし、神と繫がったものに二元性は存在しません。
すべては一なるものだということが
はっきりと認識できるようになるからです。
言葉で表すのはとても難しいことです。
これは神と繫がったものにしか、
理解できない感覚だからです。
自分を誰かに救ってもらおうという甘えは捨てなさい。
それは神であっても、
自分を改善しようと努力する人間しか、
救うことはできません。
自分を向上させようという意識が強いほど、
神からの手は差し伸べられるのです。
私は21歳からずっと思い悩んでいたことがありました。
「どうして人間の精神とは、これほど違うものなのか?」
私はエッセイにも書いたように、過去に営業の仕事をしていました。
そこで資格取得のためのスクールを販売していたのです。
同じ大学3回生でも、
スクールに通いながら家でも一生懸命努力をする人もいれば、
言い訳ばかりで何の努力もしない人もいました。
「人間の精神の違いは、家庭環境が原因ではないか」
と、私は21歳ながらに考えました。
でも、家庭が貧しくても、家庭環境が悪くても、ローンを組んで、
一生懸命将来のために勉強する子もいたのです。
私がヒーラーになってから、はじめに感じたことも同じことでした。
「なぜ人間の精神とは、これほど違うものなのか?」
「とりあえずスクールにさえ行けば資格がとれる」
と思っている学生と同じように、
「とりあえずセッションに行けばよくなる」
と思っている人がいました。
でもどんなことも同じことなのです。
重い病を治そうと思っても、薬を飲むだけでは不十分で
患者は自ら生活習慣を改めたり、食事療法をとりいれなければなりません。
体がだるいからと整体に行ったところで、
運動をしなければ、また体はだるくなります。
そして、整体に何度も通うはめになりますが、
根本的な解決には繫がりません。
ヒーリングも、同じことだと思います。
「誰かによくしてもらおう」という依存的な考え方しか持っていない人と、
「自分の悪いところを改めてよくなろう」という謙虚でありながら
積極的な姿勢を持っている人とでは、全くその作用が異なってくるのです。
ヨガナンダのメッセージは、私にとっても
いろいろと考えさせることが多かったです。
さて、皆さんはいかがでしょうか?

[2008.08.28(
Thu) 23:45]
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みなさん、こんにちは。NANAKOです。
今日は【チャネリング】ジュワルクールからのメッセージです。
【ジュワルクールからのメッセージ】
想念の現実化における解釈が、間違ったものとして
世界に広まってしまっています。
欲望の現実化と、願望の現実化は
全く異なるものであることを覚えておかねばなりません。
欲望の現実化は、エーテル階層からアストラル階層の
低い次元のエネルギーによる具現化になります。
それは、しばしばその階層に存在する、
よからぬエネルギー体の影響を受けています。
願望の現実化は、個人がその想念を願望として持った時、
メンタル階層の次元での具現化になります。
さらに意識が高次のものとつながった時、自己の魂の願望と
高次のものたちとの願望の一致を認識しはじめます。
その願望の具現化は、より高次の次元のエネルギーの影響を受けたものとなります。
想念の現実化において心がけるべきことは、
まず欲望を願望に変容させることです。
欲望は、恐れ、執着、欠乏感、野心によって生じるものです。
欲望は時に何かを盲信させ、傲慢に陥らせる危険性を持っています。
しかし、その感情を克服した時、神なるものに対しての信頼が強まり、
「すべては神によって与えられる」という確信がもたらされるのです。
その信頼は盲信とは全く異なるものです。
そこには常に中庸意識が保たれ、平安の心が存在します。
そしてさらなる高みに昇った時、
「神の御心のままに」という意識が芽生えます。
この時、自分の欲望を叶えるのではなく、
地球の大計画のために、自己の魂を神なるものに
捧げるという意識へとシフトするのです。
すると、魂とのつながりは完全なものとなります。
高次のものたちと、魂の願望が異なるということはありません。
神なるものとともに働くことが、魂の喜びだからです。
この意識に到達した時、宇宙からの至福が流れ入り、
さらなる繁栄と豊かさのエネルギーがやってくるのです。
このメッセージは、「願望の現実化について教えて下さい」という
問いかけに対してやってきたものです。
本当はもっと難しい情報がやってきていたのですが、
文章にするのが困難なので省略しました。
現実化にも、その人間の意識状態によって、
各次元の影響を受けているということがよくわかります。
意識を中立に保つというのはとても難しいことで、
バランスを崩すと、人間はすぐにネガティブな感情がでてきます。
表面上はプラスの行動に見えても、本当はネガティブな理由が動機で
行動をしている人が数多くいます。
例えば、「正義感」という感情を中立に保てればとても良いことだと思います。
しかし、意識のバランスが崩れると、その正義感は、
世間への怒り、社会への矛盾に対する憤りとなってあらわれます。
こういったネガティブな感情を持った正義感は、
時に人に対して押し付けがましくなり、
周囲にネガティブなエネルギーを送ることになってしまいます。
また「人との繫がりを大切にする」というのもとても良いことだと思います。
しかし、その動機が、「一人になったら寂しいから」、
「ビジネスをするには人と付き合わねばならない」といった
恐れや依存や人を利用しようといった感情で付き合うならば、
双方共にネガティブなエネルギーでリンクすることになります。
ジュワルクールはまず、そういった自己の中の感情を見つめ
コントロールすることが大事だと伝えました。
何かを現実化させたいと思った時、
感情のコントロールができなければ、
欲望にとりつかれてしまうからです。
欲望による具現化は、不安定で崩れやすくなります。
自分自身がバランスのとれた状態で高次に昇っていった時、
驚くような形で願望が具現化することがあります。
こういったことがおこった時、私はまずは
自分の感情を見つめることにしています。
そして、その具現化が自分の欲望によってもたらされたのではないと
思った時、私は神様からのギフトだととらえることにしています。
日々のあなたの行動は、
ポジティブな動機によるものですか?
それともネガティブな動機によるものですか?

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[2008.08.22(
Fri) 21:06]
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